嗚呼!華の応援団~第37話~

永遠の、団長たれ。

 

昭和55年の春。名実ともに二回生になった私たちは、ゴミを少しでも多く集める活動に余念がなかった。

 

ゴミ?そう、ゴミである。

因みに私たちは「奴隷」。

 

応援団では四回生から一回生までを、神様・人間・奴隷・ゴミと呼ぶのだ。

そのゴミである一回生を、一人でも多く入団させることが、我々二回生に課せられた最大の仕事なのだ。

もちろん自分たちとしても一回生がたくさん入れば、それだけ自分たちの負担が軽減できるわけだから、一石二鳥の話ではある。

 

勧誘は朝から始まるのだが、昼のランチタイムには、明徳館広場前で「情宣」という名の応援歌・演舞披露をする。

新入生の関心を引こうというものだ。

確かに吹奏楽部やチア・リーダー部は、この情宣を見て入団を決める新入生もいるだろう。

でも、リーダー部志願者なんて、何やったっているわけもなく、

要は情宣は、幹部が一般学生の前でカッコいい自分を見せたいという、

ある種マスターベーションのような世界なのだ。

 

それでも毎日、物珍しさも手伝って、明徳館前は黒山の人だかり。

中には可愛い女の子もいるわけで、私たち二回生も、しんどいながらまんざらでもなかったのかも。

 

自己陶酔」って、この頃から身に付いたのかなぁ。

人に見られる快感って、不思議なんだけどあるんだよね。だから芸能人の気持ちってよくわかる。

女性は他人に見られて綺麗になるっていうけれど、男だって人に見られるとカッコ良くなるんじゃないかなと思う。

 

だから私は、自己陶酔って悪いことじゃないと思う。

どんどん自己陶酔して、目立って、その分自己責任をひしひしと感じながら行動するっていうのは、

仕事においても非常に重要なことだと思うのだ。

そういう観点で考えると、応援団というのは究極の自己陶酔の世界なのだろう。

 

ともに喜び、怒り、哀しみ、楽しむ。「喜怒哀楽」という感情もきっと応援団での経験を通して人より激しくなったのだと思う。

私はよく人に「岩井さんは熱いですよねぇ」と言われる。

でも、正直、自分では取り立てて熱いつもりはなく、逆に妙な気になるってのが正直な気持ち。

まぁでも、自分の職業を「応援団長」なんて言ってんだから、私はやっぱり究極の応援団馬鹿なのだろう。

願わくは、永遠に団長でいたいものである。

 

続く〉
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次回配信は8月16日を予定しております。