【林 隆樹】グローバル人材の必要性と実態

― 保護者を満足させ受験を見据えた海外留学のすすめと取り組み方 ―

前回まで

 具体的に手にとって見ることもできないし、模擬体験もできない「留学プログラム」なので、参加希望者には「プログラム卒業生」の体験談が重要になってくる、ということで、先月に引き続き、もう1人登場してもらいます。27年前に高校留学して、現在、日本の一流企業で世界中を飛び回って活躍しています。そんな彼(Ken君)に体験談を書いてもらいました。

英語なんかよりアメリカ文化なんかより

 1990年8月、アメリカ、アイダホ州ウェンデルという町に留学しました。期待と夢を膨らませ、たどり着いたホストファミリー宅、飛行機が遅れたこともあって、到着したのはほぼ夜中だったのですが、とても温かく迎えてくれたのを覚えています。その晩はさまざまな思いが頭をよぎり、全く眠れず、気がついたら朝。何気に外に出て見ると…牛!豚!干草!目に映るものと鼻に刺さる様々な臭い…その日から始まる未知の生活にいろいろな覚悟をした瞬間でした。

 毎朝、日の出前に起きて、牛と豚の世話。それが終わると干草まみれの頭を洗って、朝食を流し込み、スクールバスで学校。そして学校が終わると直ぐに家に帰って、また牛と豚の世話。留学出発前に「学校の授業よりもホストや友達との生活で覚える英語の方が大事だよ」と聞いていたのですが、牛や豚は英語を話しません(笑)。農作業は上達したのですが、英語の上達は本当に遅かったと思います。

 そんなこんなで過ごした3ヶ月。あとちょっとでクリスマスという頃に…考えました。僕の留学生活は本当にこれでいいのかな?と。農作業ばかりで英語はまったく上達しない。夢見ていたアメリカ生活は農作業と学校と宿題だけ。日本人ってお正月を起点にいろいろ考えたりするじゃないですか。なので、その時に決心しました。僕はもっと英語を学びたい、アメリカの高校生らしい生活をしてみたい。年明けから別のホストファミリーを探してもらおう、と。

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林 隆樹(はやし りゅうき)

(一社)日本青少年育成協会 理事・国際交流委員会委員長

1956年東京都生まれ。早稲田大学大学院在学中にフランスに1年間留学、帰国後翻訳会社に勤務。

1992年、サンフランシスコに本社を持ち、世界各国に展開する英語学校の日本支社長に就任。

以降、留学業界で活躍。2001年社団法人日本青少年育成協会国際交流委員会、2004年より同協会理事に就任、現在にいたる。

2000年より一般社団法人JAOS海外留学協議会事務局長、2013年より専務理事。

2011年、一般社団法人J-CROSS留学サービス審査機構の立ち上げにかかわり同機構理事。

2014年より、特定非営利活動法人文際交流協会理事。2017年より学校法人イーストウェスト日本語学校理事。著書に「成功する留学、交換留学編」(共著)などがある。

hayashi

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【2017/10月】グローバル人材の必要性と実態

【2017/9月】グローバル人材の必要性と実態

 

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