編集主幹のダーツの旅

本紙編集主幹 千葉 誠一(ちば せいいち)

本紙編集主幹の千葉誠一が地域ごとの私塾事情を探るため、ダーツが刺さった地域へ赴く新連載!各地域で活躍を続ける塾や、珍しい取り組みを行っている塾などに取材を敢行。ローカルな運営法の中に、塾で生かせるヒントがある!?

私塾のトップに聞く:寺林 良代表(岐阜市)

【KITAN GROUP】人生の礎(いしずえ)をつくることができる塾

岐阜市に本部を置く「キタングループ」は、幼児教育・小学校教育・中学校教育・高等学校教育の一連の教育の基礎を習得させ、子どもたちが持つ、大きな夢や目標を実現させるための「土台」作りを使命とする、地域密着型の塾である。寺林良氏は、二代目だが、現在の塾は実質的にゼロから作り上げたと言ってもよい。壮絶な「第二創業」への苦難の道のりと塾の特色などについて取材した。

「第二創業」までの苦難の道のり…

千葉 創業、そして正社員数、教室数、生徒数などグループの概要を教えてください。塾を継承した経緯についてもお聞かせください。

寺林 1972年に私の父が創業しました。正社員数は27名で生徒数は1100名、7教室で運営しています。

10年ほど前に経営が行き詰まって、私が引き継いで、ようやく数年前に安定経営となりました。

千葉 創立したお父様はどのような経緯で塾を作ったのでしょうか? また、差し支えのない範囲で経営が行き詰まった要因についても教えてください。

寺林 父を含めて岐阜市出身の4人の麻雀仲間は同じ名古屋大の学生でしたが、旋盤工だった祖父の工場の二階を借りて塾を開きました。時代が良かったのでしょう。一年で数百名の生徒が集まり、ピーク時には400名以上の塾生でにぎわいました。しかし、塾バブルの時代に放漫経営に陥り、12年前に倒産しかけたのです。

売上2億円に対して負債が3億円で、メインバンクが他行の分をまとめましたが、月153万円もの利息を支払わなければならなくなったのです。その際、父から私が塾を継承して、私が塾を経営し返済していくことなったわけです。

正直、もうダメかと思いましたが、千葉さんの年度版の本(産学社刊「新教育産業」、「2019年私教育」)を読んで成功している塾の事がわかってきて、塾の立て直しに取りかかりました。まず人材のリストラ、教室の統廃合、そしてコストカットの三つがメインです。リストラして人材が減ったので、自立学習のセルフィーやone to oneを導入しました。

千葉 塾内改革の具体的な事例も含めて、どんな取り組みをされたのか教えてください。

寺林 なんとか塾として生き残るために、最初週の半分は全国の塾を見学して歩きました。そこで分かったのは、塾は成績向上と志望校合格が至上命題ではありますが、その過程にはいろんなものがあるということです。一斉と個別、指導法と研修などを学んで、何か一つでもナンバー1になれるものはないか模索しつつ、複数教室の統廃合を行ったり、黒板をすべてホワイトボードにしたり、さらには週二回だった授業を、月謝据え置きのまま週三回にしました。強い塾もあるので、月謝を上げずに、先生も増やさずにやれないか考えて、週三日目の土曜は自立学習の日にしました。月木の授業復習用のプリントを作成し、それを生徒が自分でノートに貼って復習するのです。これはオリジナル教材であり、これにより生徒の学習定着度がアップしました。人材的に余裕がないのに高等部も立ち上げて、カフェ風の自習室「学び蔵」を作り、これが結構流行りました。

千葉 そのような改革と改善によって塾の立て直しが出来たのですね?

寺林 いえいえ、社員に給与を支払うと塾から私の生活費が出なくなるので、他塾に1校任せてもらったり、家庭教師をしたり、つまり副業というかアルバイトをして自分の食べる分を稼ぎ出したのです。

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