【横手 尚子】“世界に通じるマナーとコミュニケーション” ― 教育編 ―

 9月号より私教育新聞で連載をさせていただくことになりました接客英会話・接遇マナー講師の横手尚子です。多くの練達の先生方に私の文章が届くということに対して、「畏れ多さ」と「ことの重大さ」をひしひしと感じています。と同時に非常に嬉しくもあり、光栄に存じます。

 私の肩書の中には「英語講師」「おもてなし・マナー講師」というものがありますが、東京オリンピックが近づき始め、英語4技能の必要性が肌で感じられる時代となり、これら2つのテーマは不可分である場合の方が多くなったように思います。また各大学や「学びエイド」で講師をさせて頂く過程において、強い「気づき」がありました。今回はそのうちのいくつかについてお伝えしたいと思います。

英語で行う「おもてなし・マナー」とは

 その教室現場が中学・高等学校であろうと大学であろうと、社会人クラスの場であろうと英語教育について一つの共通点があります。それは「英語の音声」が結果的に生かされていないということです。私たちの母語たる日本語がそれだけ深く私たちの中には刻み込まれているとも言えます。また、これは日本人の「文化的な誤解」のレベルにまで到達してしまっているとも言えます。「日本人は文化的にシャイで愛想笑いばかりしている」、この状況は数十年前から大きくは改善されていません。でも冷静に振り返ってみれば、電車の中でも、私がCAを務めた機内でも、日本人の多くが快活に会話に興じていることは事実なのです。

 ではなぜこのような「誤解」が生じてきたのでしょうか?様々な現場で英語を教えながら、ようやくたどり着いた答えが「聴き取れないと話すことが怖くなる」、「聴き取れないと当然話せない」という事実でした。せっかく努力して頭につめ込んできた英語が「聴こえず」、「話についていけない」という事実は一人の人間の自信を奪うには十分すぎるものだと思います。特に情熱を注ぎ、努力した人ほど…。

 私は航空業界にいた人間であり、元からの教員ではありません。しかし英語が好きで、必要で身につけてきたことは事実です。まだ私が高校2年生になったばかりの頃でしょうか、私は英語の音声に惹かれ、英語の音声教材を聞いては、真似したり、先生に発音の方法を教えてくれ、とせっついたりしたこともありました。それが良かったのだと思います。当時は「発音に長じるほど、聞き取りが簡単になる」というシンプルな法則さえ知りませんでした。そして私は周りの友人たちから「尚子は明るくて、外国人と話すのが得意だね!」と言われるようになりました。実は私は特段に明るい性格ではありませんでした。ただ、「聴き取れる」という事実と、上達を喜び、自信を得つつあったということだけです。相手のことがわかると面白い!英語ではぎこちなくはあったけれど、これは日本語でのおしゃべりと同じ感覚でした。

 時代は変わって数年前、私は英語の音声を生徒たちによりよく伝えようと思い、自分の発音と教授法をブラッシュアップすべく、「発音検定(EPT®)」で1級を取りました。また発音指導士®の資格も取得しました。あの聴き取れるという「能力」を得て、自信にあふれた全能感を味わってもらうために。学校で学んだ英語の知識は、聞き取りの向上とともに会話でもアクティブに生かされていきます。日本人は決してシャイではないのです。

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