【林 隆樹】グローバル人材の必要性と実態

― 保護者を満足させ受験を見据えた海外留学のすすめと取り組み方 ―

続々・日本的な世界観

 さて、2016年9月から、この11月で27回、主に「高校生のグローバル教育」に焦点を当てて、留学・国際交流プログラムの説明とこれからの「グローバル教育」の課題について書いてきましたが、今回でひとまず終了します。ある意味、当然のことなのですが、国際交流プログラムの基本は「他文化」との「交流」であり、それは一方通行では成り立たず、こちらからの発信には「自文化」をわきまえていることが必要になります。そしてその交流の中で「さまざまな事柄(違い・共通性等)に気付き、それらを理解し、更にはお互いの発展に役立てる」ことです。

 ここ数回その「自文化を成立させている世界観とは何か?」ということを書いてきました。

 連載の最後に日本的な世界観の一つとしての「神道」について少し触れましょう。

日本の「神」の概念

 実はこれが結論にもなるかと思います。宗教の核でもある「神」の概念ですが、日本古来の「神」は「絶対者」でも「超越者」でもありません。今日、日本語の用法で「神」という言葉は、例えば、キリスト教(一神教)的な「絶対者・超越者」の意味・イメージがつきまといますが、神道での神はおよそかけ離れたものです。ここで明治期の英語の大文字の「God」の翻訳にまで遡る間はありませんが、混乱の基でもあるかと思います。ならば、日本古来の神とは何かというと、いうもちろん私にそれを説明する力はないのですが、以下「神道の逆襲」(菅野覚明著・講談社現代新書・2001年発行)からの引用です。彼は小林秀雄の「ベルグソン論」を引用しながらこんな風に「神」について説明しています。因みに小林秀雄はこの「ベルグソン論」や「本居宣長」を通して「主観でも客観でもない純粋な経験」を考えるわけですが、その「不思議・不可解」を菅野覚明は「神」としています。

 神秘家の語る神秘などに比べれば、私たちの日常の生のあるがままの事実の方が、はるかに物深い。私たちが経験するこれ以上はない不可思議な事実とは、私たちの経験そのものではないか。小林のいう、反省では決して近づけぬ「経験の核心」は、これ以上不可解なものはない奇異なるものという意味で、それを神とよぶことも可能であろう。形而上学的な直観のありようを示す日本の伝統的な用語「神」は私たち一人一人の生の不思議さそのものを指し示しつつ、今もひそかに立ちあらわれつづけているのである。

 また、後世濫用される北畠親房の「神皇正統記」内の「この国は神国なれば、神道に違いては一日も日月を戴くまじきいわれなり」について菅野はこの本の中でこのように語っています。

 神であるということを直ちに神聖なもの、優れたもののイメージに置き換えてしまうのは、日本の神のもつ奇(くす)しき異(あや)しい、底知れぬ豊かな奥行きを、痩せ枯れた抽象へとすり替えてしまうことになる。繰り返しいうように、日本の神は、真にして善なる超越者などという単純なものでは決してない。神は、のどかな田園風景と集中豪雨で泥につかった田畑とが、あるいは愛らしい飼い猫と敵の喉笛に喰らいつく化生の猫とが、同じでありつつ異なるという連続と断絶のうちに、いわば景色の反転それ自体としてあらわれている何ものかである。その限りで、神は私たちの日常の道徳の延長上にとらえることはできない。神国イコール他国に対する優越という理解には、神を道徳的な善なるものにみなそうとする近世・近代的な先入観が強く作用しているといわざるをえないのである。

 言い切ってしまえば、古来日本人は大自然、また非日常の天災等の不思議はもとより、日常の「不思議(この定義が難しいわけですが)」をこそ「神」と考えていたようです。ただ、そのように「神」をとらえて「神道」を考えてみると少しわかりやすいかもしれません。また、例えば宮崎駿の「もののけ姫」(1997年7月公開)の中に登場する「シシ神」を連想されてもいいかもしれません。あるいはまた、先出した司馬遼太郎『この国のかたち』に「ポンぺの神社」という好篇があり、ー自分が世話になり尊敬したオランダ人医師ポンぺに感謝し、自宅の庭に彼を神として祀るという話なのですが ー

 「民間人である三田尻の若い蘭方医荒瀬幾造の心は、まことに大らかで無垢というべきだった。つまり、かれのカミの概念は、平安期の怨霊信仰のカミではなく、また中世の神道論のカミでもなく、その他ご利益のための神でもなく、平田神道の神でもなかった。かれはただポンぺを敬するあまり、カミとしてまつったのである。古神道の一形態とは、こんなものだったかもしれない。」

 あるいは、また、

 「一方において特定の山や場所、樹木などを聖なるものとして敬しいわば、敬することが(ときにそれのみが)古神道だったといってもいい。」

とも語っています。

 そしてこれほど重要な、この「日本古来の神の概念」自体、我々の子どもたちに対して何も教えられてはいないことに、我々は危機感を持つべきだと思います。

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林 隆樹(はやし りゅうき)

(一社)日本青少年育成協会 理事・国際交流委員会委員長

1956年東京都生まれ。早稲田大学大学院在学中にフランスに1年間留学、帰国後翻訳会社に勤務。

1992年、サンフランシスコに本社を持ち、世界各国に展開する英語学校の日本支社長に就任。

以降、留学業界で活躍。2001年社団法人日本青少年育成協会国際交流委員会、2004年より同協会理事に就任、現在にいたる。

2000年より一般社団法人JAOS海外留学協議会事務局長、2013年より専務理事。

2011年、一般社団法人J-CROSS留学サービス審査機構の立ち上げにかかわり同機構理事。

2014年より、特定非営利活動法人文際交流協会理事。2017年より学校法人イーストウェスト日本語学校理事。著書に「成功する留学、交換留学編」(共著)などがある。

hayashi

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