編集主幹のダーツの旅

本紙編集主幹 千葉 誠一(ちば せいいち)

本紙編集主幹の千葉誠一が地域ごとの私塾事情を探るため、ダーツが刺さった地域へ赴く新連載!各地域で活躍を続ける塾や、珍しい取り組みを行っている塾などに取材を敢行。ローカルな運営法の中に、塾で生かせるヒントがある!?

私塾のトップに聞く:高宮 敏郎 SAPIX YOZEMI GROUP 共同代表、学校法人 高宮学園 副理事長(東京都)

【SAPIX YOZEMI GROUP 学校法人 高宮学園 代々木ゼミナール】次のステージへの展開に向けて『教育コンシェルジュ』を増やしたい

 あと二年後に迫った東京オリンピック。そのメイン会場となる新国立競技場をはるか眼下に見る代ゼミタワー。代々木を象徴する建物には、ひっきりなしに生徒たちが出入りしてい…。
 経済効果だけでなく、人手不足や交通の混雑など様々な課題も伴うオリンピックを控えて、その同じ2020年を目処とした教育改革やICT教育、そして人材採用などについて、高宮敏郎氏にインタビューした。

災害対応の教訓が生きた今回の北海道の地震

千葉 近況について教えてください。

高宮 平成最後の夏は、地震、酷暑、豪雨、台風など多くの自然災害に見舞われ、その対応に追われました。全国的にこれだけ休講が多かった年は記憶にありません。特に、9月に発生した北海道胆振東部地震では、ライフラインが止まり、大きな影響がありました。これまで経験した震災などの教訓を生かせた場面も多々ありましたが、改めてたくさんの生徒さんの命を預かる仕事をしているということを痛感させられました。

千葉 私は札幌に宅配を出そうとしたら、受け取り側の体勢が整っていないので、数日無理だと言われました。救援物資をどうやって送られたのですか?

高宮 空路が使えないので、国内二カ所からフェリーで小樽や苫小牧まで運びました。大洗港からの船は自衛隊の災害派遣隊や赤十字の医療スタッフの皆さんも乗っていたそうです。代ゼミの先代理事長は、陸軍将校でしたので、災害対応はいつも迅速でした。

千葉 まさに創業者の遺伝子を受け継いでおられて、緊急時にもすぐに体が動くということですね。

今後の教育改革への対応はより慎重に

千葉 2020年の入試改革への対応についてお聞かせください。

高宮 現在の高校1年生が一期生となる新テストに向けて、英語4技能試験対策、記述式対策の講座などのラインナップを充実させています。9/27には英検準1級対策講座の開設も発表しました。民間英語検定試験について生徒たちが早めに準備ができるようにしたいと思っています。ただし、大学関係者による外部試験の活用についての再考を求める発言もあり、11月の試行調査など今後の動きを慎重に確認していきたいと考えています。

千葉 学校だけでは生徒や保護者の不安に対応できないのでしょうね。また、大学入試センター試験も新テストへの移行期間ということで問題傾向が変わりつつありますね。

高宮 Speakingが新たに評価されることを強調して、話すばかりの英語の授業では、生徒や保護者の不安を増幅させてしまう場合もあるでしょうね。また、現在の高校2年生の場合、浪人すると新テストを受けることになるので、現役志向が強まるかも知れません。

 大学入試センター試験の地理Bで「ムーミンの問題」が出題されて論議を呼んでいます。「思考力を問う設問」と位置付けられていますが、学術的な厳密さに目をつぶってでも、身近な話題に関連付けて論理力を測る意欲的な問題であったという気がします。

千葉 社員の平均年齢、サテライン予備校の校舎数について教えてください。

高宮 グループ全体の平均年齢はこの8月現在で36.7歳です(2018年8月末時点)。サテライン予備校は582教室となっています(2018年9月26日時点)。代々木ゼミナールの校舎としては、札幌・新潟・東京(代々木)・立川・名古屋・大阪・福岡、そして、造形学校(美術予備校)があります。

学習塾部門は全般的に順調

千葉 予備校以外のいわゆる学習塾部門、SAPIX等の現状の課題と今後の方向性について教えてください。

高宮 教育熱心なご家庭の多い都心部の人口が増えていて、学習塾部門は順調です。しっかりとニーズにお応えできるよう、講師の質の向上、教室の確保に尽力しています。特に、生徒募集が好調な地域では、新校舎の開設よりも、既存教室の増床を優先し、授業のクオリティを維持したいと考えています。一方、代ゼミの映像授業を配信している代ゼミサテライン予備校では、新規開校を積極的に進めています。

新たな取り組みとして、昨年7月、ニューヨークに米国のボーディングスクール留学をサポートする『Triple Alpha』を設立しました。SAPIX YOZEMI GROUPでは、一昨年から「米国ボーディングスクールフェア」を開催しているのですが、小学4〜5年生の参加者が一番多いのです。SAPIXに通塾して中学受験の準備をしながら、中学生・高校生になった時の選択肢を探しているわけです。私立の中学・高校は、国際交流プログラムを充実させることが差別化の戦略になりますから、教員向けの視察ツアーなども開催しています。

「リーディングスキルテスト(RST)」の開発に協力

千葉 ICT教育の活用と取り組みの現状についてお聞かせください。

高宮 EdTech(「Education(教育)」と「Technology(技術)」)の一例として、2016年8月にグループ企業となった「ベストティーチャー」では、オンラインの英会話スクールを提供しています。単に話すだけでなく、Writingの添削指導を受けられるということで、ご好評をいただいております。

千葉 急速に進化しているAIですが、これからどのように活用できると思いますか?

高宮 人工知能で東大の入試問題がどのくらい解けるかというプロジェクトをお手伝いさせていただきましたが、国語や英語の読解が課題ですね。一方、読めていないのに平均点以上は取れるということで、中高生の読解力はどうなっているのだろう(笑)という新しい疑問が出てきています。

 現在、教科書レベルの文章をきちんと読めているかを測るリーディングスキルテスト(RST)の開発に携わっています。また、その次のステップとして、読解力の弱点を克服するソリューション作りに取り組んでいます。読解においては、語彙力や過去の経験則に頼って読んで理解したつもりになってしまうことがあります。文部科学省にも関心を持っていただいているようなので、内容をしっかり把握して理解を深める読解力の育成メソッドを確立していきたいと思います。

千葉 国語力の強化は大変大事だと思います。多くの私教育サービスの企業が一緒に開発に関わっていけるといいですね。

2020年のオリンピックはプラスもマイナスもある

高宮 逆に質問ですが、業界はどうなっていくのでしょうか?

千葉 全国の最先端を行く優良塾を取材していますが、「いくらデジタルが進化しても人間の仕事は無くならない、特に教育は人と人とが関わるサービスだから、これからはより人間がやるべき仕事が何かを考えることが大事になってくる」と言われますね。進化した教育ICTの活用と人材活用のバランスの良いところが生き残っていくように思います。

 ところで、オリンピックは教育産業にどんな影響がありそうですか?

高宮 オリンピックの経済効果もあるでしょうが、競技場周辺の公共交通機関はかなり混み合うのではないでしょうか。都心にある学校の先生方とお話をしていると、オリンピック開催中の学校行事などへの影響を心配する声をお聞きします。夏は受験生にとっても大事な季節なので、いろいろなシミュレーションをしているところです。

千葉 もう一つ、人材募集において現在売手市場ですが、どのような形で採用を行っていますか。

高宮 採用には力を入れていまして、とても良い人材を採用できていると感じます。大きな変化の最中ではありますが、教育界で本当に働きたい人に来てもらいたいですね。

全体を俯瞰して思考できる人材を増やしたい

千葉 高宮さんの個人的な夢、もしくはグループとしての目標などについてお聞かせください。

高宮 教育界はいろいろな切り口で再編が進む可能性がありますので、柔軟に発想したいと思います。たとえば先ほど出たAIサービスですが、各企業にとって得意不得意があるので、進化したプラットフォームが一つできて、そこから皆さんが「参入する・しない」という選択と決定があります。これまでとは違う形の合従連衡が進むかもしれませんので、しっかりとアンテナを張っておきたいと思います。私教育新聞さんにも期待しております。

 個人的には、6歳の子をもつ44歳の親として、同じ子育て世代の課題にどう対応していけるかも大事だと思っています。私立中学受験で失敗した子、高校受験に失敗した子、いろんな生徒がいる中で、もちろん落ちないで合格することが喜ばしいですが、たとえ合格しなかったとしてもサポートする体制が整っているという全体のしくみ作りも大事だと思います。言い換えれば「セーフティネット」としての存在でありたい。教育の仕事でとても大事な部分だと感じます。そしてこれからは、子ども達の進路全体を俯瞰して指導できる人材を増やしていく必要があると考えます。海外進学も含めて、教育のニーズは多様化しています。それぞれの受験のスペシャリストに加え、その専門性を総合的に活用出来る『教育コンシェルジュ』を育成したいと思います。

(2018年9月19日、東京代々木の代ゼミタワーにて取材)