【山本 崇雄】世界の幸せを創り出すHappiness Creatorの育成をめざして~新渡戸文化学園の教育改革~

私が公立学校を辞めた理由

私は今年の3月まで東京都の公立学校で英語の教師として25年間勤めました。公立学校を退職し、4月より、2校の私学と3つの企業と契約し、新しい働き方を始めました。理由は主に2つあります。

1つは、教員の働き方改革です。私は、教員が複数の学校や企業とプロフェッショナル契約ができるようになるべきだと考えています。教師の多忙の理由の一つが、全員の教員が一律に授業以外の仕事(担任、学年、分掌、部活、行事、PTAなど)を得意不得意関係なく行うところにあると考えています。スポーツの経験のない先生が運動部の顧問になり、苦労するケースなどを聞くたびに、様々な働き方があってもいいのではと考えます。例えば、授業中心のプロフェッショナル契約をした場合、授業が午前中で終わり、午後は自由な時間になります。その分給料が減りますが、午後に他の学校や企業と契約し、兼業していけばトータルで収入が確保できます。この働き方は、どうしても公務員である公立学校では実現させることはできませんでした。

もう1つは、学力試験偏重型の教育から、非認知スキル型の教育への学校改革です。多様化し、変化の激しい社会では、目標に向かって頑張る力、人とうまく関われる力、感情をコントロールする力といった非認知スキルが重要になります。学力テスト偏重型の教育ではなかなか育たなかった非認知スキルを育てることこそが、社会に子どもたちを送る学校の使命だと考えています。

 

「教えない授業」で非認知スキル型教育へ

このような思いに至った大きな分岐点が2011年でした。都立両国高等学校附属中学校で、次年度の中1の学年主任として、新年度の準備をしていた3月11日、東日本大震災が発生しました。この時、日本中の教師は子どもたちにかける言葉を失いました。その後、自分の目で被災地を見ようと仙台の海岸線沿いを歩いた時の感覚は今でも忘れられません。「人にはゼロから立ち上がらなければならない時が来る」ということを強く感じ、子どもたちを自立させることの重要性を感じました。同じ年の夏に行ったケンブリッジ大の研修でも、「教えすぎたら、子どもは失敗できない。失敗から多くを学ぶのだ」との指摘を受け、「教えない授業」へ授業スタイルを変えていきました。これが現在目指している非認知スキル型の教育のベースになっています。

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山本 崇雄 (やまもと たかお)

新渡戸文化学園英語科教諭


新渡戸文化学園英語科教諭、横浜創英中学・高等学校教育アドバイザーの他、株式会社日本パブリックリレーションズ研究所主任研究員をはじめ複数の企業でも活動。

未来教育デザインConfeito代表。

検定教科書『NEW CROWN ENGLISH SERIES』(三省堂)の編集委員。

主な著書に『なぜ「教えない授業」が学力を伸ばすのか』(日経BP)、『「教えない授業」の始め方』(アルク)、『学校に頼らなければ学力は伸びる』(産業能率大学出版部)ほか。