【川山 竜二】オンライン教育の展望と課題

パンデミックとオンライン

世界的な流行(パンデミック)の様相を見せる新型コロナウイルス感染症は、教育の現場を含め日常生活様式をふっとばし一転させようとしている。教育現場はデジタライゼーションが進んでいないと従来から指摘されてきたが、学校を中心とした教育はこの外的な要因によってオンライン授業への移行を余儀なくされている状況である。

今般の状況のなかで問題になっているのはオンライン授業の方法、つまり授業のやり方である。例えば、カメラを前にしてどのような授業をやればよいのか、オンラインツールをパソコンで開いたときにどのアイコンをクリックすればよいのか云々。こうした情報は、(これもまたオンラインで)SNSを中心に集合知ともいうべき結晶があふれている。

情報がどれだけあっても、なぜか私たちは不安にかられてしまう。ZoomやMicrosoft Teamsの授業への効果的な活用法を熟知しても決定的な不安の解消にならないだろう。もちろんオンライン授業もできないよりできた方が望ましいが、語弊を恐れずにいえばオンライン授業は授業形態の一つにすぎない。この不安は「はじめて教壇に立つ感覚」とほぼ同じなのだ。誰しもがオンラインでなくともはじめて経験することは不安が大きいが、逆にいうとただそれだけのことである。いやむしろ問題なのは、その不安の要因だ。はじめて教壇に立つときの不安は、生徒・学生や受講者に「自分が伝えたいことが伝わるか」「わかりやすいか」ということだ。この点についてはオンラインだろうが対面での授業だろうが変わらない。授業とは、最終的に受講者への成長を促すもので、授業を通じて受講者は何かを身につけることが想定される。オンライン授業の不安は「授業をやることだけが目的化」されていないかというものである。

 

教育目標の再定義

オンライン授業をしようと思うと、どうしてもはじめての経験であるから「オンライン授業の方法論」に目が行きがちだ。もちろん基本的な操作方法を知っておく必要があるが、それは二の次の問題であり、ここでは改めて「なぜ授業をするのか」という根本的な問いを投げかける必要がある。自分が担当する授業を通じて受講生に何を身につけさせたいのか。身につけさせたい能力を踏まえた上で「オンライン授業」をどのように活用するのかを考える段階になって、はじめて「オンライン授業の方法論」が生きてくる。オンライン授業を対面授業と同じように「授業として認める」議論も盛んに行われているが、問題はともに授業の到達目標を達成できるかにかかっているはずだ。

授業の到達目標(身につけさせる能力)なんて当然だと思われているかもしれないが、今一度自身の授業の到達目標を明文化してほしい。実は意外に具体的に書けない人の方が多いのではないだろうか。学校関係者であれば「ディプロマ・ポリシー(学位授与基準、卒業基準 云々)」、企業関係者であれば「コンピテンシー」の方が馴染みがあるかもしれない。自分が提供する授業では、どのような能力・資質が身につくようになるのか。授業を終えたあとで「どのような状態になっていること」が望ましいのかを改めて考えることが必要であろう。その状態になるために、今は限られた環境下でどのように実現可能かを探ることが重要である。

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川山 竜二(かわやま  りゅうじ)

学校法人先端教育機構
社会情報大学院大学研究科長・教授

文部科学省
持続的な産学共同人材育成システム構築事業委員
実務家教員COE 事業責任者


専門学校から予備校、大学院まで様々な現場にて教鞭を執る実績を持つ。
現在は、「社会動向と知の関係性」から専門職大学、実務家教員養成の制度設計に関する研究と助言も多数行なっている。そのなかで、リカレント教育やラーニング・ソサエティ、知識3.0を提唱。現在の関心のキーワードは、実践の理論・高度専門職業人。

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【2020/4月】「教育のコミュニケーション」再考

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