編集主幹のダーツの旅

本紙編集主幹 千葉 誠一(ちば せいいち)

本紙編集主幹の千葉誠一が地域ごとの私塾事情を探るため、ダーツが刺さった地域へ赴く新連載!各地域で活躍を続ける塾や、珍しい取り組みを行っている塾などに取材を敢行。ローカルな運営法の中に、塾で生かせるヒントがある!?

私塾のトップに聞く:教務統括部長 松岡 義秀氏【一橋学院メディカルコネクト】 東京都

【一橋学院メディカルコネクト】医の道に進みたい生徒目線で20年

東京の高田馬場駅近くにある一橋学院メディカルコネクトは、東京国際大学グループの一員であるが、元々は20年前に設立した一橋学院の1コースであった。それが2年前に独立し、独自カリキュラムで医学系予備校として確固たる地位を築いた。ごく普通の家庭の子が、医の道に進みたいという希望を叶えるために日々どのような努力をしているのか?統括教務部長の松岡義秀氏に取材した。

本体の東京国際大学は2023年池袋に移転予定

千葉 創業の経緯について教えてください。

一橋学院メディカルコネクト 松岡義秀氏

松岡 当学院は、東京商科大学( 現一橋大学)を卒業した金子泰蔵(※①)が創立しましたが、現在は学校法人東京国際大学(※②元国際商科大学)のグループ傘下の予備校として運営されています。東京国際大学は現在埼玉県川越市にありますが、2023年度を目処にその大半が東京都豊島区池袋に移転する予定です。

20~30年のベテラン講師が20人

千葉 指導講師の構成や教育方針について教えてください。

松岡 グループの職員数は約150人で、大学や予備校、そして大学付属の日本語学校など各部門で多数の講師が働いています。メディカルコネクトにも約20人の講師がいますが、そのほとんどが20年から30年の経験を積んだベテラン講師です。

千葉 元々独立した予備校だったのですか?

松岡 いえ、20年ほど前に国公立大の医学部進学を目指す医学部コースとして新設されたのですが、独立したブランドとなったのは2年前となります。その際に学院とは別の独自カリキュラムを打ち出しました。よりしっかりと勉強して医学や国に貢献出来る医の道を目指してほしいからです。

 

敷居の高くない医学部への理想的な進学とは?

千葉 医学部を目指す生徒や家庭の層、意識は創業以来かなり変化してきましたか?

松岡 こちらに在籍している生徒の大半は医者の家庭の子ではなく、普通の会社員や自営の方のお子さんです。奨学金やその他の支援がありますし、私立であっても学費の比較的安い医学部もありますから、かなり早くから自分の具体的な進路を決めて頑張っている生徒が目立ちます。全国的に見て、医学部のある大学は首都圏に集中していますが、国立であれば年間最低100万円、私立であれば年間1000万円というところもあります。しかし、難関私大であれば300~400万円のところもあります。

千葉 私立の医学部というと慶應大学医学部が思い浮かびますが。

松岡 あちらの難易度はまさしく「別格」ですね(笑)。通常大学は4年間ですが医学部は6年間ですから、長期的なサポートが必要です。当学院では、順天堂大・東京慈恵会医科大・昭和大・日本医科大などをはじめ、成田に新設された国際医療福祉大や東北医科薬科大など内容が充実していて比較的学費が抑えられる大学を目指す生徒が多いです。

※① 金子泰蔵(かねこ・たいぞう)

1904年東京浅草に生まれる。旧制府立三中から東京商科大学(現一橋大学)に入学。卒業後、東京商工会議所に就職し、外国課長として貿易業務を行いながら、新設されたばかりの上智大学で教授として英語を教える。太平洋戦争終戦後にGHQの通訳となり、マッカーサーの書いた大量の書類を英語から日本語に翻訳するなどした。その間、日本人の国際化の必要性を痛感し、予備校の一橋学院を設立。さらに国際的な人材育成のため、1965年国際商科大学を創立した。教員の多くは母校である一橋大学を中心に集めた。1985年に大学名を東京国際大学に変更。1987年5月17日、がんのため死去、享年82歳。

※② 東京国際大学 1965年、金子泰蔵により「国際商科大学」として創学。現在の理事長・総長は、倉田信靖。学長は塩澤修平。「公徳心を体した真の国際人の育成」を目指し、『4年間の学びの中で、‶真の国際人”としての力をつけるきめこまかな‶実学”教育』を行っている。学年の垣根を越えた「グローバルコース」と「グローバルビジネスコース」の2つがあり、高い評価を得ている。学部は、商学部・経済学部・言語コミュニケーション学部・国際関係学部・人間社会学部の5つ。2021年4月に医療健康学部を新設予定。大学院は、小学研究科・経済学研究科・国際関係学研究科・臨床心理学研究科の4つ。

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